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美和が大学で学んだ社会問題についての研究&留学体験記

美和の留学体験記 カナダ留学を決める前 ~高校時代~

日本でイイ子を演じてきて、そんな自分にも疲れて、何か疑問を持ち出したのは高校1年生の時でした。

それまでずっと、ただただイイ子を演じてきた自分も内心イヤで、ちょっとぐらいはという気持ちで思いっきり遊んでいたら、担任の先生に嫌味を言われました。

まだ、高校1年なのに、ちょっとぐらい文化祭を楽しんでもいいじゃんと思いながらも、ずっとイイ子を演じてきた私が先生に嫌われたというのはかなりの衝撃でした。

どうも、その学校では心から話せる友達に出会うことができませんでした。仲良しはたくさんできたけど、なんか、どことなく他人行儀なところがあって、建前が多かったように思います。今でも、本当に心から何でも言える友達は、高校からはたったの1人しかいません。

進路を決めるときは決定的でした。先生と思いっきり衝突したのは、このときだと思います。

成績はどちらかというと理数系がよくて、文系教科は最悪になってました。勉強方法がいまいち分からなくて、すごい量の宿題に毎日3時間ぐらいの睡眠で、おぼれてしまったという感じでしたね。

先生はそんな私に、中学の成績がオール5だったこともあり、単純に怠けているという見方をしていました。本当はそうじゃなくて、内心自分でもどうしていいのかわからなくなっていたというのが本当だったのに、みんな心配はするけど、本当の意味で助けてくれた人はいなくて、ずいぶん孤独だった気がします。

笑う事が大好きな私から、笑顔がなくなってしまって、見るに見かねた母が、一度日本の外に出てきなさいと留学を提案してきました。

私も、外国にはすごく興味があったし、小さい頃学んでいた英会話の教室がとても楽しかったのを覚えていました。受験英語がどうしても好きになれなかったのも、その幼少期のときに英語を言葉として使っていたのが本当に楽しかったので、自分で受験英語にどうしても納得できなかったんだと思います。

担任の先生に留学のことを相談したとき、先生が発した言葉を今でも覚えています。

「あなたみたいに英語ができない人がカナダなんかにいってどうするんですか? 入れてくれる大学なんてありませんよ。数学ができるんだから、日本の大学で、コンピューターでもやった方がよっぽど良いです。」と。

なんか、頭ごなしに言われて、私の意見なんていうのも聞いてくれなくて。その瞬間、自分に価値がないんじゃないかと思ったくらいです。

ずいぶん酷なことを言う先生で、そうです、この人です。いつも、いつも、私に嫌味を言い続けてくれた先生は。

ショボンとしていました。でも、母はサポートしてくれていて、あなたなら大丈夫と言ってくれました。

そんなときに、偶然(これも運命的なものだと思うのですが)、道で小さい頃通っていた英会話教室の先生に会いました。

留学したいと一言告げると、その先生は大賛成してくれたんです。美和ちゃんなら大丈夫よって。高校の成績がどうのなんて一言も言わないで、両手で自分のことを受け入れてくれたのを覚えています。そのときは、誰にも何も相談できなくて、というか、自分でもどうしてそうなっちゃったか訳がわかんなくなっていたときだったので、また自分のことを信じてくれた人に会えたことがとても新鮮でした。

大人が発する言葉というのは、本当に良くも悪くも影響するもんだな、と思います。それからは、その先生が留学準備をしてくださって、とんとん拍子に出発となりました。先生も一緒にカナダについて来てくださって、今でも本当に感謝しています。

カナダに到着したのは、1991年8月11日。高校卒業後の19歳。

その日から、私のカナダでの心の旅が始まりました。

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